ハードディスクの中にある3冊の辞書で秋雨《あきさめ》をひいてみました。
○新解さん(第5版)……強くはないが続けて降る,冷たい秋の雨。
○スーパー大辞林……秋に降る雨。秋の雨。
○広辞苑(第5版)……秋に降る雨。秋の雨。特に9月から10月にかけての長雨にいう。秋霖。秋黴雨。
新解さんか広辞苑が感覚にもっとも近いです。広辞苑にもあるように,9月から10月ごろの長雨を秋霖《しゅうりん》ともいいます。
秋雨前線
その秋雨を降らせるのが秋雨前線です。なんとなく梅雨前線に似ているので,ちょうど梅雨前線の“出戻り”のように見られがちです。しかし見かけは似ているところがありますが,梅雨前線が中国南部や東南アジアからインド洋,アフリカ東岸まで広がる地球規模の現象の一部なのに対し,秋雨前線は南に後退した太平洋高気圧と大陸やオホーツク海の高気圧との間にできる,地球規模から見ればローカルな?!前線です。裏を返せば日本付近固有の現象ともいえます。
いつごろから秋雨前線とよばれるようになったのかはよくわかりませんが,朝日新聞の1964年8月27日付夕刊に次のような記事が載っているので,このころまでにはある程度認知されていたのでしょう。
「暑さようやく退散するころ」も過ぎて朝夕に秋の気配を感じるころになったが,二十七日の東京は午後一時までの最高気温二十四・六度で,平年よりも五・三度低い秋のお彼岸ごろの涼しさ。日中の気温ではこの夏最低を記録した。
気象庁天気相談所の話では,十四号台風くずれの低気圧が前線をひっぱって通過したあとへ,オホーツク海高気圧が張出して冷たい空気をはこんできたのと,本州南岸に前線が停滞し,厚い雲におおわれているため。そしてこの前線,秋のはじめに現れる“秋雨前線”のはしりではないかという。「変りやすい秋の空」ともなり,夏山シーズンは終りを告げるわけ。
どうして唐突に何の脈絡もなく山の話が出てくるのかは,イマイチよくわかりません。
村を滅ぼした1000mmの雨
一般に,秋雨前線によって降る雨は“しとしと型”のことが多いといわれていますが,もちろんそうでないときもあります。とくに台風などに伴って南から暖かい湿った空気がはいってくると,前線が活発になって大雨や強雨を降らせることがあります。
1965年9月の台風23号,24号,25号はそんな台風でした。
とはいうものの,最初に現われた23号はどちらかというと“風台風”で,高知県安芸市付近に上陸した10日に室戸岬で風速(瞬間ではありません)69.8m/sを観測するなど,各地で暴風が吹き荒れました。上陸後もあまり勢力を落とすことなく高速で四国東部,近畿地方西部を通過し,丹後半島から日本海に抜けました。
台風23号が去ったあと,移動性高気圧におおわれましたが,南から大型の24号とそれに従う鉄砲玉のような“豆台風”25号が北上してくると,秋雨前線が再び活発になりました。
そして13日夕方から西日本で雨が降りはじめ,14日朝には四国東部,紀伊半島南部,近畿地方北西部で大雨になり,昼ごろには大雨の範囲が四国・近畿全域,北陸西部に広がり,この状態が15日まで続きました。この大雨のため,人口6万人の徳島・阿南市では全市がほとんど水に浸かり,有馬街道の土砂崩れのため有馬温泉が一時孤立寸前になるなど各地で被害が相次ぎました。
中でも福井県西谷村では,降りはじめの13日夕方から15日20時まで1037mmの記録的な降水量となりました。この間に1時間最大降水量91mm,10分間最大降水量22mmを記録しています。西谷村の中心部だった中島地区では川の氾濫流や土石流により,全戸数106戸のうち42戸が流失,58戸が倒壊,役場,小学校まで土砂に埋まる被害を受けました。
西谷村はこの壊滅的な被害から立ち直ることができず,翌年の真名川ダム建設決定により,
1970年7月に廃村となりました。
ちなみに,14日09時から15日09時までの24時間に711mmの記録的大雨が降った岐阜県徳山村も,のちに徳山ダム建設のために廃村になっています。この徳山ダムは2007年完成予定だそうです。必要があるのか,それとも土建屋の金儲けだけのためにつくるのかは知りません。
なお,9月10日からの1週間に台風23号による暴風,13~15日の秋雨前線による豪雨,17日の台風24号による大雨と相次いで大きな災害に襲われた福井県では,これを福井県昭和40年9月の三大水害と名づけた――と「気象要覧」にありますが,今ググってもまともにヒットしないところを見ると,とっくの昔に死語になっているのでしょう。
取材車が海に転落
“鉄砲玉”25号が東に飛んでいったあと,“御大”24号が17日夜に愛知県に上陸,地形の影響で中心部が分裂した形で,中部地方から東北地方を縦断したのち,北海道を南岸沿いに進みました。
18日未明,台風24号の取材のために東京・江東区方面に出動していたラジオ関東(現・ラジオ日本)の取材車が,記者やアナウンサーら6人を乗せたまま晴海埠頭から海に転落,全員死亡するという事故が起こりました。光る海面を舗装道路と見間違えたのだろうといわれていますが,全員死亡しているため,真相はわかりません。
このことだけを見ても,ヤラセではない本当の台風中継がいかに危険なものかがわかります。
なお,ちょうど台風24号が通過中の17日夜から18日未明にかけて,関東地方と東北地方で8回の有感地震がありました。最大震度は福島で震度5(強震),郡山,水戸,前橋などで震度4(中震),東京,横浜,仙台などで震度3(弱震)でした。強震,中震,弱震といったことばに時代を感じます。