地球にやさしいNHK?

地球にやさしい放送局になりたければ,変なエコ番組を放送するよりきょう一日放送を休止したほうがよほど効果があると思うのは,σ(^^;)だけではないでしょう。

関係ないですが,気違い宅間守の日に気違いが秋葉原に現われるとは……。

サマータイムは健康に悪影響!!

サマータイムは省エネになるという試算もあるようですが,仮定の上に仮定を重ねても0.1%程度の“節約”にしかならず(ふつうはこれを誤差という),一方で最近では↓のような研究もあります。

かつて日本で導入したときのドタバタの一端については↓をどうぞ。

6月6日にUFOが……

明日6月6日はUFOがあっちいってこっちいって落っこちた日,あるいはお池がふたつできた日です。さらにはお池におふねをうかべたらお空に三日月のぼってた日です。明日は旧暦の五月三日,晴れていれば夕方西の空に三日月が見えることでしょう。

ドラえもん」のテレビ放送が終了してから3年になるんですね。ハグしちゃおうとかいうハイサイおじさんのパクリのような主題歌のドラえもんモドキは放送されているようですが。

モドキといえば人間モドキ(爆)

国賊

組織的には,アメリカの犬>海上自衛隊

日本の漁民なんてせいぜいただの標的に過ぎないのだろう。

もしかすると,寸止めにしようと思っていたのに,運悪くまともにぶつかってしまったのか。

天空の城

“天空の城”とくればもちろんラピュタです。ドラクエ4,ドラクエ5に出てくるのは天空城ですね。

σ(^^;)が「となりのトトロ」と並んで好きなジブリアニメが「天空の城ラピュタ」だったりします。1986年公開の作品ですが,実はこのときは存在すら知りませんで,はじめて見たのは1988年にテレビで放映されたときだったりします。

説明は不要でしょうが,ラピュタは飛行石によって上空に浮かんでいる巨大な島。古代においては高度な文明をもっていて,ラピュタびとのみが飛行石を結晶化する技術をもっていたそうです。旧約聖書に出てくるソドムやゴモラを滅ぼしたのもラピュタだったとか。

そんな島だったらすぐに発見されそうですが,巧妙に雲に隠れていて地上から見ることはできません。唯一,パズー(このアニメの主人公)の父親がラピュタに到達し,そのことを本にして出版しましたが,詐欺師扱いされ,失意の中で死んでいきました。

それでは,ラピュタはどのような雲に隠れているのでしょうか? 実際?!にはいろいろ偽装しているのでしょうが,作品の中では2つの形態の雲の中に隠れています。

まずひとつは,雄大積雲です。パズーとシータが洞窟のポムじいさんから飛行石にまつわる話を聞いたあとに地上に出たとき,「うわ~っ,すごい雲!!」と感嘆の声をあげる場面があるのですが,その雲は雄大積雲に見えます。

雄大積雲というのは,その名のとおり積雲(わた雲)が大きく発達した雲です。同じく積雲が発達した雲に積乱雲がありますが,こちらは雲頂が成層圏に達して頭が平らになったり巻雲を吹き出したりしているのに対し,雄大積雲は頭がモコモコしている点が違います。

もうひとつは,「竜の巣」です。ラピュタに向かうパズーとシータの乗ったドーラの海賊船タイガーモス号に立ちはだかったのが「竜の巣」でした。「竜の巣」は,低気圧の中心にある鳥の巣状に渦を巻いている積乱雲の壁のようです。この壁の向こうにラピュタがあるので,台風のスケールを小さくしたものとイメージできると思います。あるいはスーパーセル型の積乱雲の中心と考えることもできるかもしれません。

「竜の巣」の「竜」と低気圧の中心ということから,竜巻とか竜巻のもとになるメソサイクロンを連想したくなります。「竜の巣」がスーパーセル型の積乱雲の中心なら,ここにメソサイクロンや竜巻が発生してもおかしくはないわけです。ただ,ラピュタの下で竜巻が発生するとは作品の中で語られていないので,ここまで考えなくてもいいでしょう。

ところで,ドーラの海賊船タイガーモス号が空中戦艦ゴリアテの追跡をはじめる場面で,次のようなセリフがあります。

アンリ 「ママぁ~,ゴリアテのほうが足が速いよどうするの?」

ドーラ 「あたしらヤツの風上にいるんだ,貿易風をつかまえれば……。こりゃあね,東洋の計算機だよ。風力が10,と……。な~んとかなりそうだ!!」

ここの地球の話とすれば,このセリフ,ちょっとおかしいです。貿易風は東から西に吹く風です。このときラピュタは日の出の方向すなわち東のほうにあるので,貿易風を捕まえたりしたら逆方向の西に流されることになります。

まあ,貿易風を偏西風ないしジェット気流と読みかえればいちおうツジツマは合うので,これ以上詮索するのはやめておきます。

1988年雨のF1日本GP

お天気に関わりなくF1日本GPといえばやはり1988年でしょう。

F1が日本の一般ピープルに注目されはじめ,モータースポーツがNHKでまともに取り上げられるようになったのは,中嶋悟がロータス・
ホンダのNo.2ドライバーとなり,フジテレビで全戦中継するようになった1987年からでしょう。
もう19年も前なんですねえ(^^;)

セナは1987年はロータスのアクティブサスペンションが不調だったこともあってそれほどでもなかったのですが,
1988年にホンダエンジンとともにマクラーレンに移ってからチャンピオン争いに加わるようになりました。

この年はマクラーレン・ホンダ旋風が吹き荒れ,
しかもイタリアGPを除いて同じマクラーレンのセナとプロストのうちどちらかが勝つという圧倒的な強さでした。

こうして迎えた日本GP決勝。ポールシッターのセナはスタート直後にエンジンをストールさせてしまいました。
プロストがスタートできないセナを横目で見ながら追い越していきます。しかし下り坂に助けられ,エンジン再始動,1コーナーを14位で回り,
オープニングラップを8位で通過します。その後も驚異的な追い上げを見せ, 2周目で6位,5周目で3位まで順位を上げ,
20周目には2位を走行していたレイトンハウス・マーチのカペリのリタイアがあって2位まで上がり,
トップを走るプロストの背後にひたひたと迫ります。
そして27周目の最終コーナーの立ち上がりでプロストが周回遅れにひっかかってじゅうぶんに加速できないのに乗じて,
セナはプロストのスリップストリームにはいり,第1コーナーでプロストのインに飛び込み,ついにラップリーダーとなりました。
このときのフジテレビの空撮映像は大川アナ(当時)の実況ともあいまって絶品でした。

レース序盤から時折降っていたしぐれ模様の雨が後半にやや強くなりました。ただ,全車スリックタイヤのままでしたし,
レース短縮もありませんでしたから,降水量としては大したことはなかったのでしょう。

セナは滑りやすくなった路面も無難にこなしてそのままチェッカーを受け,ついにワールドチャンピオンの座に就いたのでした。

「メーン・スタンド後方にかかった虹が,新チャンピオンを祝福しているように見えた」(スポニチ 1988/10/31付)

この日は日本の東海上を進んだ低気圧が千島列島付近で964mbと猛発達,東~北日本を中心に強い冬型の気圧配置になりました。
記録を見ると,長野や松本では平年より20日も早く初雪が降って最早記録を更新したほか,各地で初雪を観測,
野沢温泉では20cmの積雪があり,初滑りが楽しめました。また,43日も早く榛名山の初冠雪が観測されています。

1988103009

σ(^^;)はたまたま埼玉県の本庄市に出かけていまして,山々が雪化粧していたのをよくおぼえています。
日本GPの結果が早く知りたくて, 脱兎のごとく家に帰ってNIFTY-serveの時事通信ニュースを見ました。
パソコン通信は当時のニューメディア(死語か)でした。 今ならあわてて帰らなくてもケータイで結果を知ることができますし,
ワンセグでレースを見ることだって。

セナはこのときも含めて3回ワールドチャンピオンになりますが,1994年5月1日,サンマリノGPでのレース中の事故で天に召されました。

ミヒャエル・シューマッハーも来年から過去の人になるようですから,アイルトン・セナはもうとっくの昔に歴史上の人物なのでしょうねえ。

 

ゴールデンウィークとお天気

明日から世の中はゴールデンウィークだそうで。NHKではいつのころからか大型連休といってゴールデンウィークとはいわなくなりましたが。NHK的には小型連休ってのもあるんでしょうか。

ゴールデンウィーク”(以下GWと略します)は,1951年ごろから映画業界で使われはじめたことばのようです。娯楽の少なかった当時は,映画が身近なレジャーだったのでしょう。今流でいえば“安近短”。

新聞への初登場は朝日新聞に限れば1953年5月8日で,

邦画に押された洋画
ゴールデン・ウィークの興行成績
東京の映画街 トップは東宝の「妻」

と書かれています。このとき公開されていた映画は,邦画では「妻」の他に「花の講道館」「姉妹」「山下奉文」「池田屋騒動」など,洋画では「地上最大のショウ」「可愛い配当」「栄光何するものぞ」「果しなき蒼空」「底抜け落下傘部隊」などで,もちろんσ(^^;)はどれひとつとして知りません(笑)

翌年,1954年4月20日夕刊にも「てんやわんやの宣伝戦」という見出しでGWの映画の話題があり,君の名は(第三部)七人の侍が激戦になりそうだと書かれています。このふたつの映画なら映画オンチのσ(^^;)でも知っているし,観たこともあります(テレビでですが)。

●遭難事故

GWの時期の記事を見ていて目につくのはそうなんです……ではなくて遭難です。とくに山での遭難が目立ちます。もっとも,いくら人出が多いからといってディズニーシーあたりで遭難する人はいないでしょう,ふつ~。というより,あれだけ人が多ければ一人や二人いなくなってもわからない?! しかも夢の世界だし……。

その山での遭難ですが,最近になって起こりはじめたわけではなく,GWの歴史とともにあるようです。

まず目につくのは1965年で,低気圧が太平洋岸を発達しながら通ったために山は「猛ふぶき 死の春山」(朝日新聞)になり,15件の遭難が発生し,少なくとも55人が死亡しました。これに対しては当時も無謀登山だという批判があったようで,

県山岳遭難防止協会の関係者は「こんな日にまさか行動するバカものはいまい」とみていたが,この常識を裏切る遭難が続出した。(朝日新聞)

このように,バカものは最近になって現われたわけではなく,昔からいたことがわかります。

その後も1972年,1989年,1992年,1993年などに大量遭難が起こっています。いずれも上空に寒気がはいっているという共通点があります。上空に寒気がはいると,山の上は冬に逆戻りです。また,大気が不安定になって雷も発生しやすくなります。

1972年は3月に富士山での大量遭難があったばかり。「実力相応の山選べ」との警告も出ました。

ちなみに,いろいろエラそうなことを書いているσ(^^;)は,山で遭難する可能性は限りなくゼロに近いです。山にはまったく興味がないからです。登って下りてくるだけという,無駄なことはしません(笑)

●予報がハズレて予定が狂った?!

天気予報がハズレるのは珍しくもなんともないですが(とくに週間予報は),1978年のGWの天気予報は,序盤(29~30日)はまずまずだったものの,そのあとはこれでもかというほどハズレまくり,哀愁が漂うほどでした。

これに対し,気象庁は「“はずれ”というよりは“ズレ”というべきですが」などというしょうもない弁明をしましたが,ズレでもなんでもはずれははずれです。競馬の予想屋と違って気象庁は往生際が悪いです。

ちなみに,この年は28日に29日~7日までの予報,つまり10日先までの予報を発表しています。気象庁は現在は晴れとかくもりとかの予報については7日先までしか発表しませんから,精度はともかく,今よりもサービスがよかったことになります。

●連休明けの灼熱地獄

1992年。連休明けの5月6日,この年から登場したのぞみ型車両を使った「ひかり238号」が名古屋-三河安城間で故障し停車しました。気温が30℃以上にも上がった車内には「新しい車両なので,ブレーキの直しかたがわかりません」というふざけたアナウンスが……。よくもまあ暴動が起こらなかったものです。

琵琶湖哀歌~四高桜と比良八荒~

滋賀県高島町に「四高桜」と名づけられた桜があります。
この桜はもともとは1941年に琵琶湖の萩ノ浜沖で遭難した(旧制)四高のボート部員を悼んで植えられたものです
(などと書いているσ(^^;)は見たことがありません……あしからず)。

この事故が起こったのは1941年4月6日のことでした。

この当時,琵琶湖から流れる瀬田川はボート練習のメッカでした(今は知りません)。第四高等学校(今の金沢大学)のボート部員たちは,
日ごろは地元金沢で練習していましたが,春休みには瀬田川を合宿の地に選んでいました。そして,
最後に北岸まで往復の琵琶湖縦漕を行なって合宿の総仕上げとしていました。

この年も3月23日から合宿にはいっていました。3月23日から4月3日まではふつうの練習に励み,
4日が縦漕第1日目で石山から湖北の今津まで行き(♪瀬田の唐橋 漕ぎぬけて 夕陽の湖に 出で行きし……),5日を丸一日休養にあて,
6日に今津を出発して石山に帰ってくる予定でした。今津を出発したのが午前7時45分,そして約2時間後の9時50分ごろ,
萩ノ浜沖で遭難したようです。

この事故の気象的な原因は,「比良八荒」とよばれる地形的な強風によるものとされています。

平安時代のころから,旧暦の二月二十四日に琵琶湖西岸の比良山中で比叡山延暦寺の僧が法華経八巻を修する「比良八講」
とよばれる修行が行なわれていました(現在は3月26日に形を変えて行なわれているそうです)。このころ強い北西風が吹くことがあり,
「比良八荒」とよばれました。一方で,「比良八荒の荒れじまい」という諺もあり,このころが北西風(冬の風)の吹きおわりだともいいます。

この比良八荒が吹くとき,比良山脈と野坂山地の間から琵琶湖に向かって強烈なジェット流となって吹き下りることがあります。
四高のボートの11人はこのジェット流に遭遇したか,このジェット流が吹きつけて三角波が立つ湖面に翻弄されたかして,
波間に飲み込まれたのでしょう。

それから間もなくして,この事故を悼んで「琵琶湖哀歌」がつくられました。東海林太郎と小笠原美都子の歌でレコードにもなりました。
2,3回聞いたことがありますが,「琵琶湖周航の歌」と「七里ヶ浜の哀歌」を足して2で割ったような古典的なメロディーです。

ところで,内田康夫センセの作品に『琵琶湖周航殺人歌』があります。『隅田川殺人事件』『紫の女殺人事件』
などと並んで筆者の好きな作品のひとつだったりするのですが,それはともかくとして,
四高ボート転覆事故がこの作品の中で起こる事件のそもそもの発端になっています。
筆者がこの事故についてはじめて知ったのはこの作品によってでした。ついでながら,「琵琶湖哀歌」を知ったのもこの作品で,
はじめて聞いたのも「火曜サスペンス劇場」で1990年7月3日に放送された
「琵琶湖周航殺人歌~初夏の近江路に男たちへの鎮魂歌が流れる~」の中でした。
原作ではヒロインのはずの森史絵さんが登場しなかったのは残念でした。ちなみに,このドラマはいわゆる“水谷光彦”
シリーズの最後の作品でした。

ほかのボート転覆事故としては,「七里ヶ浜の哀歌」で知られる逗子開成中のボート転覆事故が有名です。
1910年1月23日に七里ヶ浜沖で起こった事故で,12人全員が死亡しました。また,
1934年12月28日に松島湾で(旧制)二高のボートが転覆して10人全員が死亡する事故が起こりましたが,『暴風・台風びっくり小事典』
以外では見たことがありません。このあたり,時代背景もあるのでしょう。

今日も来ました,今日も来た

この岸壁に今日も来た――ではなくて……。

またまたバカメール着弾です。

以前処理して頂いた退会処理がエラーの為退会出来ていません。
再度退会処理をして頂かなければ、あなたを悪質な利用者として扱わせて戴きます。
※女性としての退会無効
最後救済→ http://h-beat.jp/care.php?sex=*&num=***&cm=**
あなたの個人情報及び住所はGPS機能及びメールアドレス検知ツールにより完全に掌握しております。即、身辺調査を開始、調査費用及び関係省庁への事務手数料等、請求額は非常に高額となります。
【救済手順】メール送信⇒返信メール内URLクリック⇒ニックネーム「救済」と入力⇒「決定」⇒「送信」クリック⇒「認証センター」クリック後、電話を掛け認証を受ける(自動で切断)⇒「番組入口」をクリック⇒「次へ」
※ここで止めると救済できません⇒「プロフィール更新」⇒「メニュー」⇒「退会」
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※女性としての退会無効という懐かしい意味不明のフレーズが(笑) lget.jpやexpr.jpと同系列と思ってh-beat.jpを調べたら,やはり登録者が同じでした。

しかも,以前のメールにあった※あなたはサーバーエラーですの謎が解き明かされるというオチまでついています。実はどういう意味なのか気になって気になって夜も眠れなかったのです(爆)

しかし,以前処理して頂いた退会処理がエラーの為退会出来ていませんもよく考えると意味不明。しかもてめえが勝手にエラーを起こしておいて善良なる利用者(といっても実際には利用者でもなんでもないのですが)を悪質な利用者よばわりする。これって立派な名誉棄損モノだと思いますがどうなんでしょうか。

ただし,残念ながらこのケータイはσ(^^;)のものではないので,訴えて慰謝料を請求することはできそうもないな(笑)