5月の“五月雨”

●五月晴れとなりは何をする人ぞ

話の順序として“五月晴れ”から。

“さつきばれ”を『スーパー大辞林』で引くと次のように載っています。

(1) 新暦五月頃のよく晴れた天気。
(2) 陰暦五月の,梅雨の晴れ間。梅雨晴れ。[季]夏。《男より女いそがし―/也有》

もともとは(2)の意味で,いつのころからか(1)の意味に変わったといわれています。

それがいつごろのことなのかはハッキリとはわかりませんが,倉嶋厚さんの『季節ほのぼの事典』によると,1961年発行の『広辞苑』に「[1] さみだれの晴れ間 [2] 転じて五月の空の晴れわたること」とあるそうなので,1960年代のはじめにはすでに一般化していたものと思われます。

σ(^^;)自身は『スーパー大辞林』の(2)の意味で使われた例を見たことがありません(上に挙げられている例句を除く(笑))。お天気番組などの「今日は五月晴れの一日でした」というような表現に文句をいっている人も,(2)の意味で使われた例を実際に見たことがあっていっているのか,はなはだ疑問です。そもそも,(2)の意味の“五月晴れ”っていったいどのくらい一般的に使われたことばなんでしょう? かりにホントによく使われたことばなら,そう簡単に意味が変わるとも思えませんが,そのあたりはどうなんでしょうねえ。

ちなみに,今の時期に「さわやかな“五月晴れ”」というのは(今年の5月はそんな日は少ないですが),俳句的にいえば二重の間違いになっているようです。

まず,“五月晴れ”は,俳句では今もって(2)の意味でしか使われない(らしい)から×。次に“さわやか”は本来,どういうわけか秋の季語なので×。まあ,σ(^^;)は俳句には興味がないのでどうでもいいですが。

●五月雨をあつめて早し××川

意味を変えて生き残っている(再生した!?)“五月晴れ”に対し,ほとんど死語になっているのが“五月雨《さみだれ》”です。

旧暦は平均的に見れば今の暦よりも30日あまり遅いですから,旧暦の五月は今の暦の6月くらいに相当し,ちょうど梅雨の時期です。だから,五月雨《さみだれ》は梅雨どきの雨,あるいは梅雨そのものです。ただ,今は“さみだれ式××”という表現を除いて,めったに使われなくなりました。

ついでですが,五月雨といえば,蕪村の

さみだれや大河を前に家二軒

には,俳句の好きでないσ(^^;)も圧倒される迫力を感じます。同じ蕪村の句でも

さみだれや名もなき川のおそろしき

だから何なの? と反応したくなります。

なお,五月雨で増水した川を“五月川《さつきがわ》”とよぶそうです。

●5月の“五月雨”

沖縄や奄美地方では5月の梅雨は当たり前です。しかしそれより北では,もっとも早い九州南部でも梅雨入りの平年日は5月29日ですから,梅雨といえばふつうは6~7月です。5月に梅雨のような状態になったときは通常“梅雨のはしり”あるいは“はしり梅雨”とよばれます。

ところが,5月がほとんどまるまる梅雨にはいってしまった年があります。

1963年の5月は,4日に移動性高気圧が三陸沖に去って東シナ海に前線を伴った低気圧が現われてから,早くも“はしり梅雨もよう”になりました。10日には気象庁が「例年より約十日早く〝はしり梅雨〟にはいった。とくに,下旬から六月はじめにかけては全国的に曇雨天が多く,しかも,低温が予報される」という向こう1か月の予報を発表しています。

その後も前線が日本付近に貼りつき,気象庁は28日,“梅雨入り”を発表しました。ただ,当時の発表は今とは違っていたようで,新聞には取り上げられていません。今だったら必要以上に大騒ぎするでしょうね。まあ,号外が出るほどのバカ騒ぎにはならないでしょうけれど。

梅雨入りの時期はのちに修正され,東海が4日,関東甲信が6日,中国が8日,九州と北陸は28~30日,四国と近畿は特定できない――となりました。

こうなると,どこまでがはしり梅雨でどこからがホンモノの梅雨なのか区別できません。もともと自然現象に明確な境界などあろうはずはなく,はしり梅雨とホンモノの梅雨の区別もあくまで便宜的,人為的なものです。

ちなみに,この年の梅雨の時期の新聞には,“気違い梅雨前線”という,今ではまずお目にかかれない表現が出てきます。