埼玉県幸手市にかつて利根川治水の要衝のひとつ権現堂堤があり,その役割を終えた今では,桜の名所となって権現堂桜堤とよばれています。
ちなみに,今日掲載する写真は撮りたてのホヤホヤです。
“桜のトンネル”ということばにウソ偽りはなく,
また桜と菜の花のコントラストもすばらしいです。
この桜のトンネルの中ほどに巡礼供養之碑があります。
享和二年(1802)六月,今流にいえば梅雨末期の大雨によって権現堂堤が二〇〇間(約 360m)にわたって決壊しました。ちょうどこのとき,名主の水塚で巡礼の母娘が雨宿りをしていましたが,村人たちはこの母娘を人身御供にして龍神さまの怒りを静めてもらおうと,名主の制止を振り切って堤防まで引きずり出し,激流に突き落としてしまいました。
一般には巡礼母娘がみずから進んで身を投じ……と伝えられていますが,どう考えても不自然です。村人たちが口裏を合わせてそういうことにしたというほうがつじつまが合っています。
殺人には時効がなくなりましたから,埼玉県警にぜひ再捜査してほしいところです。
そういえば,埼玉県警が主たる舞台の2時間サスペンスドラマって何かあったかな……? 思いつきません。
話を元に戻すと,名主はその後,この堤防で死体となって発見されました。狂死したとのウワサもありましたが,真相は不明です。この件も埼玉県警に…。
名主は死ぬ前にこの母娘を哀れんで堤防沿いに桜の苗木を植えました。これが今の桜堤の原形になっているという話もあります。
なお,事件の発端となった享和二年六月の大雨については,文献にどのように描かれているか,近いうちに紹介したいと思います。