オックス失神公演

グループサウンズ「オックス」の有名な日比谷公会堂での“失神”公演は,1968年の今日のことだったようです。σ(^^;)は歴史上の事件としてしか知りませんが。

観客30人が次々に失神,そのうち15人が入院したそうです。

実は観客の失神はオックスの公演ではとくに珍しくはなく(そもそもメンバーの2人が率先して?!失神したらしい),“失神禁止曲”なるものもあったそうですが,このときの失神は,およそ失神しそうもないような演歌の,しかもイントロで起こったそうです。

この日,日本海の低気圧に南風が吹き込んで,東京の最高気温は20.3℃でした。当時の公会堂はこの時期におそらく冷房なんてないでしょうから,場内はかなりむし暑かったと思われます。まあ,直接関係があるかどうか知りませんが。

現在,観客が失神するようなコンサートってあるんでしょうか? 将棋倒しっていうのはたまに発生するようですが。

日テレ,早慶戦の中継を拒否される

1956年11月4日の東京六大学野球早慶第2回戦,この日予定されていた日本テレビ(NTV)の実況中継は連盟の拒否によって中止になりました。

  四日の早慶第二回戦のNTVの実況中継は連盟側の拒否で中止となった。これは第一戦の三日同テレビの人気番組「何でもやりましょう」に出演した若い男が早稲田側スタンドでいきなり慶応の三色旗を打ち振り早大応援団員に制止される事件があったからで,連盟側では四日朝,緊急理事会を開き「早慶戦を冒とくする行為」と認め,NTVの第二戦実況中継を拒否したもの。(毎日 1956年11月4日夕刊)

ちなみにこの試合は,NHKとKRテレビ(今のTBS)も中継を予定していました。当時,東京六大学野球のとくに早慶戦は人気のイベントでした。

日テレのスポーツ中継といえば,盗撮アナ炭谷宗佑やセクハラアナ船越雅史が登場したり,シドニー五輪サッカーの日本-南アフリカ戦で「ゴール!」を28回連呼するなど,体質に大きな問題がありますが,こういう腐った体質は50年も昔からあったということですね。

舊弊なれどお月見の眞似事に……

今日は旧暦で九月十三日です。
旧暦で九月十三日の夜は十三夜とよばれ,豆や栗を供えて月を祭る習慣がありました。「豆名月」
「栗名月」ともよばれます。

早い話が収穫祭のひとつだったようです。
中秋の名月である八月十五日の月見をしてこの日の月見をしないことを片月見といって忌む風習もありました。

また,仲秋の名月や十三夜には,他人の畑の作物を無断で取ってもよいという,今から考えるとわけのわからない風習も各地にあったそうです。

中秋の名月の月見は中国伝来の行事ですが,十三夜の月祭りは日本固有の風習のようです。

5000円札のお姉さん樋口一葉の小説,その名も『十三夜』に「今宵は舊暦の十三夜,
舊弊なれどお月見の眞似事に團子をこしらへてお月樣にお備へ申せし……」とあるので,明治のはじめにはすでに“旧弊”
となっていた地方があるようです。

ところで,どうして満月でなくて「十三」夜なのでしょうか。とくに陰陽五行といったような崇高(?)な理論に基づいているわけではなく,
どうもよくわからないようです。八月十五日が仲秋の名月,九月十三日が十三夜, 十月十日が十日夜《とおかんや》と,
秋が深まるにしたがって昇ってくるのが時間的に早い月を対象としているので,気温が下がるから……
というのが最も説得力があるように思えます。

雪が招いた痛ましい日曜日

1964年10月24日は東京五輪閉会式の日。
世紀の祭典が終わりを告げているその陰で,北海道には白魔の手先が……。

札幌に“白い季節”がやってきた。二十三日からぐんと冷え,二十四日朝から全市に降った雪はいったん消えたが夕刻からまた降り出し,自動車が行きかう車道や舗道の道はすぐとけて春先のよう。ぬかって足をとられたり,すべったりで,市民にとって“ユキ悩み”の悪路。(1964年10月25日付北海道新聞朝刊)

そして翌25日の朝,雪が降りしきる定山渓鉄道(定鉄)の豊平の公園下の踏切で,ほぼ満員の乗客を乗せたバスと電車が衝突,39人が重軽傷を負うという事故が起こりました。

ちなみに,この日の積雪17cmは札幌における10月の最深積雪第1位の記録となっています。