桜の歌といえば,やはり「同期の桜」でしょう(^^;) 父が予科練だったということもあるかもしれませんが(ただし,父から戦争中の話を直接聞いたことはほとんどありません。話したくなかったのか,話そうとしても私が聞く耳を持たなかったのか,今となってはわかりませんが),好き嫌いはともかくとして,いちばんインパクトの強い歌です。
この歌は,1943年ごろ,戦況の悪化とともに歌われはじめたようですが,原形は西条八十が雑誌「少女倶楽部」の1938年2月号に発表した短編小説「二輪の櫻」の冒頭にある同名の詩です。翌1939年に大村能章によって曲が作られ,「二輪の櫻」(または戦友の唄)としてレコードが発売されました。
「二輪の櫻」は「同期の桜」とメロディーは同じですが,歌い出しが「♪君と僕とは二輪の桜……」で「♪貴様と俺とは……」ではありません。これ以外の歌詞もかなり違っており,1番だけ違いを挙げると,
s/貴様と俺/君と僕/g;
s/同期の桜/二輪の桜/g;
s/兵学校の庭/部隊の枝/g;
のような感じです。また,「咲いた花なら……」が2番,「血肉分けたる……」が1番と,入れ替わっています。
実際に曲を聞いても軍歌という感じはなく,「同期の桜」のもつ独特の末期的な悲壮感もありません。もちろんクライマックス部分の「仰いだ夕焼け 南の空に 未だ還らぬ 一番機」はありません。
去年,ついでもあったので,図書館で「少女倶楽部」1938年2月号を調べてみました。もともとプチブルのお嬢さま向けの雑誌だったようですが,かなり戦時色が強くなっており,この号には皇軍萬歳銃後の護號という副題がついています。意外なことに381ページもあります(σ(^^;)は薄い雑誌だと思っていました)。値段は3銭5厘。
特別口絵には「銃後の少女を讃ふ」というサトウハチローの詩が載っています。「支那亊變感動美談集」という特集記事もあります。
「二輪の櫻」はこの号のメインアイテムといった感じです。冒頭に件の詩が載っています。(下図参照。ただし,現物は2色刷)
レコード版「二輪の櫻」とはかなり違います。レコード版は3番までしかありませんが,4番まであります(著作権上の問題があるかも……というより面倒なので(^^;)引用はしません。「二輪の櫻」でググればヒットするかもしれません)。しかも3番が……ヲイヲイって感じで,この時代にもやおい的世界に興味を持ついわゆる“腐女子”がいたのか……なんてツッコみたくなります。そういう意図で書かれたのかどうかは知りませんが。
やおいではありませんが,「支那亊變感動美談集」にある「前線勇士へ「光」」という話など今の感覚ではかなりアブナイ話で,笑ってしまいます。
さて,小説のほうの「二輪の櫻」ですが,海軍陸戦隊で中国に出征している兄と,母親とふたりで家を守っている妹の話です。兄は名誉の戦死,妹はその兄が生前上海の共同租界で知り合った少女(妹よりは少し年上という設定。明らかに恋仲だったと思われます)と劇的に出会い,ともに篤志看護婦として出帆していく ――という内容です。
詩の内容とはほとんど関係がなく,こういう軍歌があるという前提で話が展開しています。むしろ「二輪の櫻」とはこのふたりの少女なのではないかと思われます。
ちなみに,他の話を見ても,兄と妹の話が多いです。時代からいって恋人の話にはできないからしかたがないのでしょうけれど,あまりにも多すぎって感じです。