1967年5月14日は朝から絶好の“ダービー日和”でした。ところが,発走時刻の10分ほど前,一天にわかにかき曇り,電光が走り,
雷鳴とともに激しい雨が降り出しました。日射で空気が暖められたところに寒冷前線が南下してきたことによるもので,いわゆる“熱界雷”
です。
ダービーは雷雨の中でのスタートとなりました。最初の1ハロンこそ13.0秒でしたが,2ハロン目はなんと10.0秒。ただ,
当時のハロンタイムは数字どおりには信用しないほうがいいようです。アラジンが先頭でバックストレッチにはいりますが,そこから先,
馬の識別ができません。σ(^^;)の場合は質の悪いビデオ画面で見ているせいもありますが,
フジテレビで実況していた鳥居アナも激しい雨のためにほとんど視界が利かず,かなりの部分勘でしゃべっていたそうです。
これを実況といえるかどうかは知りませんが。
ちなみに,1996年2月10日の京都第9レース・バイオレットSでは,ゲートインがはじまるころからはかったように雪が突然強くなり,
向こう正面がまったく見えなくなりました。ラジオたんぱのアナもふつうは「スタートしました」というところを「スタートしたもようです」
と実況していました。馬群らしきものの影が移動しているのがかすかに確認できる程度で,
もちろんどの馬が先頭なのかということはまったくわからず,「ただいま,3コーナーのあたりを走っているもようです」
というような感じでした。4コーナーを回ってやっと白いベールの中から馬が1頭1頭現われてきて,ふつうの実況に戻りました。通過ラップも,
上がりタイムも,通過順位もすべてデータなし。でも,なぜか走破時計は存在します。
雪が強くなるのが1分でも早かったらきっとスタート時刻を遅らせるなどの措置がとられていたでしょう。
雪が強くなるタイミングがあまりによすぎた感じでした。
話がそれました。激しい雨をついて,馬群は向こう正面から3コーナーへと進みます。このあたりでマイクがかなり大きな雷鳴を拾っています。
4コーナーを回って先頭に立ったアサデンコウに,ヤマニンカツプが外から,
シバフジが内から並びかけて激しい叩き合いが300mほど続きましたが,アサデンコウが凌ぎきりました。
アサデンコウはレース中に左前肢第一指骨を骨折しており,しばらくして馬運車で運ばれていった――といわれていますが,
次の日に新聞に口取り写真が載っています。これはどういうわけなんでしょう?
なお,このときの雷雨によって千葉県と福島県で4人が感電死,また埼玉,栃木,群馬などでは雹の被害がありました。
というわけで,5月に競馬観戦に出かけるときは雷と雹に注意しましょう。もともと東京競馬場は雷とは縁が深いところだし……。もちろん,
紫外線対策も忘れずに。