虎が雨

阪神タイガースとかいう名前の野球チーム関係の涙雨ではありません。プロ野球には全然興味がないからわからないんですけど,
阪神って今年も最下位なんですか?

さて,「虎が雨」とは五月二十八日(旧暦)に降る雨です。今日降る雨ではありませんので注意してください。

建久四年五月二十八日,ユリウス暦で1193年6月28日のことです。源頼朝が催した富士山麓での大巻狩の深夜,
曽我十郎祐成と曽我五郎時致の兄弟が月のない真っ暗な闇の中,松明を手に父の仇である工藤祐経の陣屋に討ち入りました。

寝込みを襲われた祐経はあっけなく討ち取られましたが,その後の「十番切り」とよばれる乱戦の中で,兄十郎は朝比奈四郎に討たれ,
弟五郎は捕らえられました。そして翌日,頼朝による尋問ののち処刑されました。

十郎には虎御前という愛人がいました。五月二十八日にその虎御前が十郎の死を悲しんで流す涙が雨となって降るのが「虎が雨」
であると伝えられています。「兄弟の敵討ちの記憶と梅雨という気象現象が結び付き,
そこに田植えのために雨を乞う人々の思いが重なって徐々に用いられるようになったもの」(『曽我物語の史実と虚構』)のようです。

吾妻鏡』には仇討ちの日の天気について次のように書かれています。

小雨降る。日中以後霄(は)れ。……

まず,はじめ小雨が降っていたが,日中から晴れたとあります。そして,祐経を討ち取ったあとの「十番切り」
のときは

雷雨,鼓を撃ち,暗夜に燈を失ひ……。

とあり,激しい雷雨だったようです。

ただ,午前中は小雨で深夜に雷雨というのは,あり得ないことではないといえしっくり来ません。この年は空梅雨だったらしいですから,
小雨は考えにくく,深夜の雷雨のほうが天気としてはありそうです。空梅雨でも一時的に太平洋高気圧が後退して上空に寒気がはいってくれば,
大気が不安定になるからです。

江戸時代には,兄弟の仇討ちのときに雨が降っていたことは常識になっていたらしく,次のような詠史川柳があります。

泥足で工藤が夜具をはね除ける

しかし,『吾妻鏡』や真名本『曽我物語』では「十番切り」に雷雨の記述があるので,
兄弟が工藤の陣屋に向かう途中はまだ雨は降っていなかったと思われます。そうでないとなけなしの金で買ったらしい松明が消えてしまいます(
「なけなしの銭で松明二本買ひ」という詠史川柳もある)。