鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れる (2010年)

2010年3月10日の早朝,神奈川県鎌倉市にある鶴岡八幡宮の樹齢1000年とされる大銀杏が倒れているのが発見されました。1219年に起こった鎌倉3代将軍実朝暗殺を目撃したのでは――ともいわれていた大銀杏です。

毎日新聞(=リンク切れ)より:

鶴岡八幡宮:大銀杏倒れる…樹齢千年、実朝暗殺の舞台

10日午前4時40分ごろ、神奈川県鎌倉市雪ノ下の鶴岡八幡宮(吉田茂穂宮司)の本殿前にある樹齢1000年とされる「大銀杏(おおいちょう)」が、根元付近から折れて倒れているのを警備員が見つけた。9日夕から続いた強風が原因とみられる。けが人はなかった。大銀杏は鎌倉幕府三代将軍、源実朝の暗殺事件の「隠れ銀杏」として知られる。

同八幡宮によると大銀杏は幹回り6.8メートル、高さ約30メートル。午前4時15分ごろ、当直の警備員が3回ほど「ドンドン」という音を聞いた。警備員は「積もった雪が落ちる音だと思った」という。その後、落雷のような音がしたため、様子を見に行くと大銀杏が倒れていた。市消防本部によると、当時の最大瞬間風速は12メートルだった。

大銀杏をみた東京農業大の浜野周泰教授(造園樹木学)は、2月以降の雨で地盤が緩んでいたことに加え、9日夕からの強風が原因と指摘。雪交じりの風は、通常の数倍の力がかかるとされ、傾きを支えられずに折れたとみられる。石段脇の土壌が薄い斜面に立っていたことも影響したらしい。浜野教授は「根元の状態から回復は不可能」とコメント。詳しく原因を調べる。

浜野教授が09年12月に診断した際、生育に問題はなかった。同八幡宮では09年末から保全に向けた検討を始め、傾きなどの定点計測を予定していた。

神職の一人は「あり得ないことだ。驚いている」と動揺を隠さない。倒れた大銀杏に酒を供える神職もいた。

大銀杏は同八幡宮のシンボル的存在で、1219(建保7)年1月、鎌倉幕府三代将軍、源実朝が僧侶の公暁(くぎょう)に暗殺された際、公暁が潜んでいた「隠れ銀杏」として伝えられる。1955年には神奈川県指定天然記念物に指定された。

毎日新聞 2010年3月10日 11時32分(最終更新 3月10日 11時44分)

直接の原因は,記事にあるように前日からの強風とみられます。

10日09時の地上天気図です(気象庁の日々の天気図より)。

Image from Gyazo

この日は,高知でさくら開花最早を記録した一方で,東北地方の太平洋側などで大雪となりました。

河北新報(=リンク切れ)より:

春の大雪、通勤の足直撃 仙台24センチ

大雪に見舞われ、足元を気にしながら歩く人たち=10日午前10時20分ごろ、仙台市青葉区一番町4丁目

発達した低気圧の影響で、東北では9日午後から10日にかけて雪が降り続き、太平洋側沿岸部を中心に大雪となった。仙台では10日午前9時に24センチを観測し、3月としては過去3番目の積雪を記録。仙台管区気象台は大雪、暴風雪警報などを出し、警戒を呼び掛けた。仙台市内などの幹線道路は大渋滞となり、公共交通機関も大幅に乱れた。

仙台市内の積雪が20センチを超えたのは、2005年3月に25センチを記録して以来、5年ぶり。

気象台によると、10日午前11時現在の各地の積雪量は、栗原市駒ノ湯、一関市祭畤で90センチ、久慈38センチ、大崎市川渡24センチ、白石15センチなど。

低気圧は急速に発達しながら、三陸沖を北東に進んだ。県内では大雪の恐れがなくなったが、11日にかけて強風や吹雪が続く見通し。11日午前6時までの24時間予想降雪量は、東北の太平洋側北部の山沿いで70センチ、平地で50センチ、太平洋側南部の山沿いで20センチ。

太平洋側は、非常に強い風が吹き、10日夕にかけて大しけとなる見込み。10日の予想最大風速は、太平洋側北部の海上で20メートル、陸上で15メートル、波の高さは5メートル。

2010年03月10日水曜日

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八百屋お七のお墓の前に変死体 (1987年)【改訂版】

追分殺人事件

1987年3月8日の朝,東京・文京区の円乗寺にある八百屋お七のお墓のところで男の変死体が発見された――というのが内田康夫センセの『追分殺人事件』で描かれている2番目の事件です。

ちなみに,最初の事件は軽井沢で起こっているので私のナワバリの外です(笑)

八百屋お七についてはこのブログでも取り上げているので,次あたりをご参照ください。

これが八百屋お七のお墓です。

拡大すると,

原作では次のところに死体があったようです。

2004年に放送された女と愛とミステリー 信濃のコロンボ事件ファイル5「追分殺人事件」ではこのお堂の前あたりに死体があったことになっています。

2017年に月曜名作劇場で放送された「信濃のコロンボ4 軽井沢追分殺人事件1では,最初の写真の八百屋お七の墓の真ん前に死体があったことになっています。

原作では前日からこの日の未明にかけて雪が降っていたことになっていて,実際に気象庁の観測では7日の午後から雪になりました。降雪の深さ合計は7日が3cm,8日が2cmとなっています。

7日09時の地上天気図です。

Image from Gyazo

雪についてはどちらのドラマでもまったく触れられていません。女と愛とミステリー版では
雨が降っていたことになっています。

カップ酒を飲み終わったあと,雨を避けるように週刊誌を頭に乗せて,円乗寺のほうに走っていきました。

という高崎屋の女将さん(?)の証言もあります。

近くのおもなスポット

作品に登場するお七のお墓以外のスポットを見てみます。

本郷追分

御成街道と中山道の分岐点です。

高崎屋さん

八百屋お七のお墓のところで死んでいた男が前日の夜,酒を飲んだ店です。本郷追分にあります。

誠之小学校

小学校自体は出てきませんが,増田亞梨沙先生の勤務先です。今でもお元気でしょうか?(笑)

三叉路,丸岡邸はいずこに?

八百屋お七のお墓から100mほどのところにあるという話ですが……。

女と愛とミステリー版では,三叉路は文京区白山1丁目137,丸岡邸は文京区白山1丁目113となっています。もちろん存在しない住所です。

《参考文献》
– 内田康夫, 追分殺人事件 (双葉ノベルズ). 双葉社, 1988.
– 内田康夫, 浅見光彦のミステリー紀行 – ミステリーへの熱き想い〈番外編2〉 (光文社文庫). 光文社, 1996

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  1. 初回放送時の番組案内などには「軽井沢追分殺人事件」のサブタイトルはありませんでした。公式ページにも。 

青森で積雪ゼロ (2007年)

2007年2月23日,青森地方気象台で積雪0cmが観測されました。同気象台における2月中の積雪ゼロは1949年以来58年ぶりとのことです。

2007年2月23日の東奥日報(=リンク切れ)より:

青森で積雪ゼロ/2月中は58年ぶり

 青森地方気象台によると二十三日午前十一時、青森市の積雪がゼロになった。参考記録を含めると、同市の二月中の積雪ゼロは一九四九(昭和二十四)年以来、五十八年ぶり。

 同日は未明から南寄りの暖かい空気が流れ込み、最低気温も深浦で八・八度と平年を一一度も上回るなど各地で平年を大きく上回った。

 午前十一時までの最高気温は、八戸一三・五度、青森一二・八度、大間一二・六度などを観測し、二月としては大間は過去最高、青森は最高タイ記録となった。

 二月は青森で最も積雪が多くなる時期だが、今年は記録的な暖冬でほとんどまとまった雪が降らず、今季は二-三日に観測した三七センチが最深積雪。同気象台は、職員の目視で雪が消えたと判断する「積雪なし」も、二十三日中に観測するとみている。

ちょうどこのころ,北海道の妹背牛町カーリングホールではカーリング女子日本選手権が行われていました。前年のトリノ冬季五輪でのフォルティウス(チーム青森)の活躍から人気が爆発したカーリングですが,青森で3月にカーリング女子世界選手権の開催を控えていて,日本選手権も盛り上がりを見せていました。

この日はこんな感じです。東奥日報(=リンク切れ)より:

チーム青森が7連勝/日本選手権

 カーリング女子の日本選手権第3日は23日、北海道の妹背牛町カーリングホールで1次リーグを行い、2連覇を狙うチーム青森と前回3位の常呂中(北海道)が上位4チームによる決勝トーナメント進出を決めた。

 日本代表として女子の世界選手権(3月17日開幕・青森市)に出場するチーム青森は、トリノ五輪代表の本橋や目黒が確実に好機を生かし、チーム強力(ごうりき)(北海道)を11―4、チーム大阪(京都)を9―7で下して7連勝。常呂中は軽井沢(長野)に4―9で初黒星を喫したが、残り2試合で勝って6勝1敗とした。

(共同通信社)

話を氷から雪に戻すと,今年は同気象台で2月1日から積雪ゼロを観測しています。2008~2019年にはなかったので,13年ぶりということになります。

弘前でも13年ぶりに積雪ゼロが観測されています。弘前で積雪ゼロ 2月観測では13年ぶり by 陸奥新報(20020年2月20日)より:

弘前で積雪ゼロ 2月観測では13年ぶり

 青森地方気象台によると、弘前市で2日午後1時に積雪ゼロを観測した。
 2月に同市で積雪ゼロを観測したのは、2007年2月28日以来13年ぶり。

なお,青森地方気象台では今年の1月に積雪ゼロが3年ぶりに観測されています。青森市で積雪ゼロ 1月では3年ぶり|環境|青森ニュース|Web東奥より:

2020年1月29日
青森市で積雪ゼロ 1月では3年ぶり

 青森地方気象台は29日午前9時、青森市の積雪ゼロを観測した。1月の同市でとしては2017年1月8日以来3年ぶりという。

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国会議事堂に落雷 (2003年)

2003年9月3日は関東甲信地方から九州の太平洋側を中心に残暑に見舞われ,この年の最高気温を記録したところもありました。

午後からはこの暑さに加えて上空に寒気が流れ込んできたこともあって大気の状態が不安定になり,関東地方では激しい雷雨となりました。共同通信WEBニュースより:

関東地方で激しい雷雨 国会議事堂にも落雷

 関東地方は3日午後から雷を伴った激しい雨が降り、埼玉県越谷市では同日午後5-6時の1時間に43ミリが降った。東京都心も午後6時すぎから雷雨となり、大手町では午後6時20分から10分間に19ミリの大雨。
 JR山手線が午後6時半すぎから3時間近くストップしたほか、首都圏のJRの一部が一時、運行を見合わせた。国会議事堂にも落雷、都内や千葉県で停電も起きた。
 気象庁によると、3日の関東地方は気温が30度を超えて大気が不安定だった上、前線の南側で湿った空気が多かったことなどから雷雲が群馬県南部で発生、埼玉県から東京都心、千葉県方向に移動したという。
 JR東日本によると、午後6時半すぎ、山手線田町駅構内(港区)で信号機が作動しなくなり、内回り、外回りと、京浜東北線の運行を一時見合わせた。総武線平井-新小岩間(江戸川区)では、走行中の普通列車に雷が直撃。乗客約1000人にけがはなかった。

そして18時半ごろ,国会議事堂の中央塔付近に落雷がありました。読売新聞WEBニュースより:

国会議事堂に落雷、外壁の御影石はがれる

 3日夕、東京都心を襲った激しい雷雨で、永田町の国会議事堂に落雷があり、議事堂の外壁の一部がはがれ落ちた。

 衆院事務局によると、雷は午後6時半ごろ、議事堂のシンボルである中央塔(高さ約65メートル)の避雷針周辺に落ちた。この直後、中央塔の外壁とみられる御影石の一部がはがれ、衆院側の中庭周辺に落下した。落石はバケツ1杯分ほどで、20センチ程度の大きさの石もあった。けが人はなかった。

 現在の国会議事堂は1936年11月に完成。外壁にはすべて国産の御影石が使われている。落石を回収した職員は「長年国会に勤めているが、国会に雷が落ちたのも、外壁がはがれ落ちたのも初めての経験だ」と驚いていた。(読売新聞)

参考までにこの日の地上天気図を載せておきます(気象庁の日々の天気図より)。

Image from Gyazo

国会議事堂への落雷はこれが史上はじめてだったようです。

一方,政府機関への落雷は,1940年の逓信省航空局新館への落雷が有名です。大蔵省などが全焼し,将門公のたたりと噂されました。詳しくは大蔵省炎上 (1940年) | Notenki Express 2014をご覧ください。

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いわゆる「命を守る行動」について

例えば今朝のNHKの大雨 気象庁が会見「命を守る行動を」 | NHKニュースより:

大雨 気象庁が会見「命を守る行動を」
2019年8月28日 7時08分

佐賀県と福岡県、長崎県に大雨の特別警報を発表したことについて、気象庁の梶原靖司予報課長は午前7時から記者会見を開き、「特別警報を発表した市町村ではこれまでに経験したことのないような大雨となっている。土砂崩れや浸水による何らかの災害がすでに発生している可能性が極めて高く、直ちに命を守るために最善を尽くす必要のある警戒レベル5に相当する状況だ。あらかじめ指定された避難場所に向かうことにこだわらず、川や崖から少しでも離れた近くの頑丈な建物の上の階に避難するなど、少しでも命が助かる可能性の高い行動を取ることが重要だ」と呼びかけています。

そのうえで「今後、ほかの市町村にも大雨の特別警報を発表する可能性がある。特別警報が発表されてからでは避難が困難になる。発表を待つことなく市町村の避難勧告などに従って緊急に避難してほしい。また、現在、早朝であることから、避難する際には周囲の状況を十分に確認してほしい」と呼びかけました。

このように,最近命を守る行動という表現をよく目や耳にします。

とはいっても,NHKだけのような気もするのですが,それは私がふだんはラジオといえばNHKかBBCかラジオたんぱ……ではなくてラジオNIKKEIか各地のコミュニティ放送しか聞かないせいかもしれません。

この「命を守る行動」ということば,以前はほとんど聞かなかったので調べてみたところ,私がストックしてあるデータでは2013年7月28日の次のNHKのWEBニュースがもっとも古いようです。

気象庁「直ちに命守る行動を」 NHKニュース
7月28日 13時2 分

今回の記録的な大雨について、気象庁の横山博予報課長は午後0時半から記者会見を開き、「山口県と島根県ではこれまでに経験のないような大雨になっている。命を守るための行動を今すぐ取ってほしい」と呼びかけました。

横山課長は大雨になった原因について、「高気圧の縁を回って流れ込む暖かく湿った空気と、日本海にある動きの遅い低気圧周辺を回る空気が、ちょうど山口県と島根県の県境付近に集まって雨雲が発達した。低気圧の動きが遅いので、雨が同じような場所で降り続いて大雨になったと考えている」と説明しました。
そのうえで、今回の大雨は去年7月の九州北部豪雨に匹敵し、来月から運用を開始する「特別警報」に相当すると述べました。この地域では、昭和58年に107人の死者・行方不明者が出た「山陰豪雨災害」が起きています。
気象庁は「自治体が発表する避難勧告などの情報に注意して直ちに避難所へ避難し、外出するのが危険な場合には2階に上がるなど家の中にとどまって安全を確保してほしい」と呼びかけました。

同日の次の毎日新聞の記事によると,気象庁が「直ちに命を守る行動を」と呼びかけたのはこれがはじめてらしいです。

記録的大雨:「命を守る行動を」 気象庁が初の呼び掛け
毎日新聞 2013年07月28日 21時26分(最終更新 07月28日 21時36分)

山口、島根県の豪雨を受け、気象庁は「直ちに命を守る行動を」と初めて呼び掛けた。従来の災害避難は、小中学校の体育館などへの移動が一般的だったが、「2階に移動する」などと例を挙げた。

死者・行方不明者27人を出した2009年の台風9号では、兵庫県佐用町で、夜間に避難所に向かう途中だった住民が、用水路に流されて死亡した。

これを契機に、避難のあり方が議論となり、町の検証委員会は「自宅や近隣の2階に避難する方が安全な場合がある」と指摘。中央防災会議の専門調査会も「その場にとどまる行動も有効」とした。6月に成立した改正災害対策基本法も、市町村長が屋内避難を指示できると規定している。

気象庁は今後もこうした呼び掛けを続けていくが、静岡大防災総合センターの牛山素行副センター長は「市民も普段から災害時にどう行動すべきか考えておく必要がある」としている。【飯田和樹】

気象庁や管区気象台,地方気象台が発表した気象情報は,例えば次のような感じで

記録的な大雨に関する全般気象情報 第1号
平成25年7月28日11時18分 気象庁予報部発表

(見出し)
山口県と島根県では、これまでに経験したことのないような大雨となってい
るところがあります。この地域の方は最大級の警戒をしてください。

(本文)
なし。
大雨と突風に関する九州北部地方(山口県を含む)気象情報 第4号
平成25年7月28日12時17分 福岡管区気象台発表

(見出し)
山口県萩市須佐では、28日12時00分までの1時間に観測史上最大の1
37.5ミリを観測しました。土砂災害や洪水害の危険度が高まっている所
があり、28日昼過ぎにかけて最大級の警戒をしてください。

(本文)
 九州北部地方では、湿った空気が流れ込んでいるため、大気の状態が非常
に不安定となっています。 
 このため、引き続き28日昼過ぎにかけて、局地的に雷を伴った猛烈な雨
の降るおそれがあります。
 山口県萩市須佐では、12時00分までの1時間に観測史上最大の137
.5ミリを観測しました。

 これまでの大雨で、山口県の中部と北部では、土砂災害や洪水害の危険度
が高まっています。引き続き28日昼過ぎにかけて土砂災害や洪水害に最大
級の警戒をしてください。
 また、局地的に積乱雲が発達し落雷や竜巻などの激しい突風の発生するお
それがあります。

<雨の予想>
28日の1時間雨量(多い所)
 山口県  100ミリ

<雨の実況>
7月28日00時から12時までの総降水量(アメダス速報値)
山口県
 山口市徳佐   309.0ミリ
 萩市須佐    290.0ミリ
 
<防災事項>
 土砂災害、低地の浸水、河川の増水やはん濫に最大級の警戒をしてくださ
い。
 落雷や竜巻などの激しい突風に注意してください。発達した積乱雲の近づ
く兆しがある場合には、建物内に移動するなど、安全確保に努めてください
。

 今後、地元の気象台が発表する警報や注意報、竜巻注意情報、気象情報な
どに留意してください。

 次の「大雨と突風に関する九州北部地方(山口県を含む)気象情報」は、
28日15時30分頃発表の予定です。

「命を守る行動を」みたいなことは書かれていません。おそらく“今では恒例となった異例の会見”でいわれたものと思われますが,残念ながら私のところには発表内容が残っていません。

ついでにこの日の地上天気図を載せておきます(気象庁の日々の天気図より)。

Image from Gyazo

このときの状況の詳細は気象庁 | 平成25年度災害時自然現象報告書にあります。ちなみに,上に書いた“今では恒例となった異例の会見”が行われたことがこの報告書に書かれています,

なお,この大雨では特別警報は発表されず,この年の9月16日にはじめて発表されることになります。

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史上初,台風が秋田県に上陸 (2010年)

2010年8月12日17時ごろ,台風4号が秋田市付近に上陸しました。

平成22年 台風第4号に関する情報 第89号
平成22年8月12日17時16分 気象庁予報部発表

(見出し)
台風第4号の中心は、12日17時頃、秋田市付近に上陸しました。

(本文)
なし。 

台風の上陸自体はとくに珍しくもないですが,これは台風の秋田県への初上陸でした(1951年以降)。

ちなみに,このあと9号も福井県への初上陸を果たすことになります。

《参考》
デジタル台風:台風上陸・通過データベース(完全版)

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たたりじゃあ~っ!? (930年)

たたりじゃあ~っ!!

延長八年六月二十六日(ユリウス暦で930年7月24日)のこと,清涼殿の未申の柱の上に落ちた雷は“神火”を発し,大納言藤原清貫の着物に燃え移って焼死させ,また柱の下に倒れた右中弁平希世も死亡しました。醍醐天皇はショックで寝ついてしまい,7日後に没しました。

これは史上もっとも有名な落雷のひとつです。よく知られているように,この災異は失意のうちにこの世を去った菅原道真のたたりと怖れられました(死んでからずいぶん経っているような気がしますけれど……)。もっとも,より正確にいえば道真が直接手を下したわけではなく,道真=天満大自在天神の十六万八千いる眷属の中の第三の使者,火雷火気毒王の仕業ということになっています。

ちなみに,天元元年七月二十四日,あの安倍晴明の館も道真のピンポイント爆撃から逃れられませんでした。この衝撃の事実?!は,巷の安倍晴明本には書かれていないようです。残念ながら安倍晴明による雷神に対する報復があったかどうかはわかりませんが,おそらくやられっぱなしだったのでしょう。もし報復があったのなら,その物語が伝わっているはずですから。ちなみに,『百練抄』という文献では二十三日に雷撃を受けたことになっています。

寺院への落雷

記録が残りやすいこともあるかもしれませんが,寺院は落雷の記録の多いところです。

『日本書紀』によると,天智天皇九年四月三十日(ユリウス暦で670年5月24日)に法隆寺が落雷によって全焼したことになっています。

この落雷では雷が法隆寺のどこに落ちたかは記録にありませんが,お寺にある高い塔は雷の格好の標的です。

今も古都の玄関の象徴としてそびえる高さ55mの東寺(教王護国寺)の五重塔もたびたび落雷に遭っています。『日本の気象史料』にあるだけでも,886年,1055年,1270年,1337年,1389年,1436年,1439年,1563年の7回あります(見落としがあるかも)。

現存しない塔では,応永六年(1399年)に完成した高さが109mあったといわれる相国寺七重大塔は,あまりの高さのために雷神の怒りをかったのか,落雷で(戦火もあったかもしれません)短命に終わった塔です。

応永十年六月三日(ユリウス暦1403年6月22日)に落雷によって焼失,再建中の応永二十三年一月九日(ユリウス暦1416年2月7日)にも落雷で焼失,そして文明二年十月三日(ユリウス暦1470年10月26日)にみたび落雷により焼失し,以後再建されることはありませんでした。ちなみに,最後の焼失については猿による放火という目撃談?!もあるようです。

大坂城

落雷に見舞われたお城としては大坂城が代表的でしょう。

万治三年六月十八日(グレゴリオ暦1660年7月25日),城内の武器庫に落雷して爆発が起こり,死者・行方不明100人あまり,城と町屋1500軒が損壊するという惨事が起こりました。このとき天守閣も傾きました。

5年後の寛文五年一月二日(グレゴリオ暦1665年2月16日),今度は天守閣に落雷して焼失,以後1931年まで266年間,再建されませんでした。

大蔵省炎上,たたり再び!?

時代は下って「♪あゝ 一億の民は泣く」と歌われた紀元二千六百年の1940年6月20日,大手町の逓信省航空局に落雷して炎上,火はみるみる広がり,大蔵省などが全焼しました。

この年は奇しくも平将門の没後1000年にあたっており,雷が落ちたのはなんと将門公の首塚のすぐ近くでした。もともと大蔵省はこの首塚を取り壊そうとした経緯があるので,将門公のたたり再燃と噂されました。ちなみに,平将門は菅原道真の生まれ変わりという説もあるそうで,そうだとするとたたりの手段に雷を使うというのも説明はつきます。

詳しくは,大蔵省炎上(1940年) | Notenki Express 2014をご覧ください。

ちなみに,2003年9月3日,国会議事堂に落雷がありましたが,残念ながら閉会中でした

《おもな参考文献》
[1]中央気象台と海洋気象台, 日本の気象史料. 原書房, 1976.

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※この記事は,たたりじゃあ~っ!! | Notenki Express 2014を少しだけ書きなおしたものです。

サツキとメイ,トトロに会う (1952年?)

1952年6月23日,雨の中,サツキメイがバス停でトトロに会いました。

6月23日というのは小学校の黒板に書いてありますが,問題は1952年のほうです。1952年とするには矛盾もあるのです。

お母さんが入院している病室のカレンダーがたびたび映ることがあり,それによると8月1日が金曜日になっています。また,同じことですが,7月1日が火曜日になっています。8月1日が金曜日になるのは 1947年,1952年,1958年といったところなので,1952年とするのがもっとも妥当だと思います。1958年の可能性が消えるのは,当時のデータを見ると1958年6月23日に雨が降ったとは考えられないからです。ちなみに,1958年は典型的なカラ梅雨でした。

あと,1958年ごろに

松郷っ!!!

とビックリするカップルが乗っているようなオート三輪は走っていたんでしょうか?

さてさて,となりのトトロの世界が1952年だとすると(1958年でも同じですが),6月23日は月曜日になります。しかし,黒板には

6月23日(水)

とハッキリ書かれています(原文はタテ書き)。この矛盾は説明がつきません。

日直が間違えて書いたのだろう……ということで(カレンダーはウソつかない(笑)),スッキリはしないのですが,σ(^^;)は1952年ということにしています。1952年説を唱えているのはおそらくσ(^^;)ひとりでしょう。1958年と考えている人が多いようです。

ちなみに,他の解決策がないことはありません。7月23日の間違いとすることです。しかしかなり無理があります。1952年については残念ながらわからないのですが,1958年はあのあたりの小学校は7月20日から夏休みにはいっていますしねぇ……。

ところでこの日(1952年6月23日),ダイナ台風が紀伊半島に上陸しています。

Image from Gyazo

この影響もあって東京では39.8mmの雨が降りました。

そしてお父さんの帰りが遅くなったいいわけ。

電車が遅れてね,バスに間に合わなかったんだ。

もうおわかりでしょう。大雨の影響で電車が遅れたのです(ナットク(笑))

さらに,上の経路図を見ればわかるようにダイナ台風は東京のほぼ真上を通過していきましたが,その実体はトトロが乗ったねこバスだったのかも知れません(笑)

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※この記事は当ブログのサツキとメイ,トトロに会う | Notenki Express 2014を一部書き直したものです。

台風3号まだぁ?

これを書いている2019/06/13 10:50現在,気象庁の台風情報を見ても,

Image from Gyazo

となっています。

というわけで,過去の台風3号の発生状況を見てみましょう。

まずは1951年以降の台風3号を発生の遅い順に並べてみました。

1998/08/09 09時
1975/07/31 21時
2016/07/26 15時
2010/07/19 21時
1995/07/17 21時
1977/07/17 09時
1973/07/13 15時
1983/07/13 03時
1993/07/08 18時
2007/07/04 15時
2000/07/03 15時
2017/07/02 09時
1984/07/02 03時
2006/07/01 03時
2001/06/30 15時
1970/06/29 15時
1952/06/29 09時
1968/06/28 09時
1964/06/27 03時
1992/06/24 12時
1953/06/24 09時
1978/06/18 15時
1987/06/18 15時
2009/06/18 09時
2011/06/09 21時 ←イマココ!!
1963/06/08 21時
2013/06/08 21時
1988/06/05 09時
1994/06/05 03時
1960/06/04 09時

全68個中25番目なので,とくに遅いというわけではないでしょう。

次に,2号との発生間隔を長い順に並べてみました。

発生間隔    台風2号発生日時     台風3号発生日時
141.375  1992/02/04 03時  1992/06/24 12時
133.750  1985/01/07 15時  1985/05/21 09時
106.750  2013/02/22 03時  2013/06/08 21時 ←イマココ!!
 80.000  1957/01/22 09時  1957/04/12 09時
 77.000  2002/02/28 21時  2002/05/16 21時
 68.000  1987/04/11 15時  1987/06/18 15時
 60.500  1978/04/19 03時  1978/06/18 15時
 53.250  1961/03/25 09時  1961/05/17 15時
 47.500  2007/05/18 03時  2007/07/04 15時
 45.500  2009/05/03 21時  2009/06/18 09時
 45.250  2000/05/19 09時  2000/07/03 15時
 44.500  1995/06/03 09時  1995/07/17 21時
 43.000  1969/03/08 09時  1969/04/20 09時
 42.750  1974/03/17 21時  1974/04/29 15時
 42.000  2018/02/11 15時  2018/03/25 15時
 41.000  1959/03/04 15時  1959/04/14 15時
 39.500  2003/04/11 09時  2003/05/20 21時
 39.000  2005/03/15 09時  2005/04/23 09時
 35.250  1976/02/28 15時  1976/04/03 21時
 35.000  1999/04/28 15時  1999/06/02 15時

今年台風2号の発生は02/18 21時でしたから,すでに115日が経過しているわけで,堂々3位にランクイン,しかも継続中です。

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長州,奥羽越列藩同盟に敗れる

去年(2015年)の今日,次のような発表がありました。

梅雨の時期に関する東北地方気象情報 第3号
平成27年7月26日11時00分 仙台管区気象台発表

(見出し)
東北南部は梅雨明けしたと見られます。

次々と梅雨明けしたと見られます発表がある中,この時点ではまだ九州北部の発表がなく,ついには東北南部にも敗れることになりました。

ちなみにタイトルですが,長州=山口県はなぜか九州北部に含まれるので,こういうタイトルに成増の次は下赤塚。

なお,長州が奥羽越列藩同盟に敗れたのはこれが史上はじめてではありません。

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